■創成期■ 「八ツ目鰻キモの油」登場
約80年のロングセラーの幕開け |
1937年〜 |
明治末期より、八ツ目鰻の販売を通じて、その効き目に確固たる自信を得ていた「八ツ目製薬(当時:八ツ目食堂)」は、「栄養価の高い八ッ目鰻の有効成分だけを取り出し、簡単に服用できないものか。薬にすれば日本中の方に、八ツ目鰻の効果を享受して頂ける」と考え、八ツ目鰻の製剤化の研究に着手。製剤化するにあたっての問題は「魚臭のある油分をどう製剤化するか」という事にあった。そこで、内務省・東京衛生試験所の協力を得て、色々な方法を検討の結果、製剤化に成功。1937年(昭和12年)に製造許可を得て「本場八ツ目鰻原油 一名キモの油(現在:強力八ツ目鰻キモの油)」の販売を開始。
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↑昭和初期<市電切符の広告> |
↑パンフレット「病弱体と八ッ目療法」 |
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↑<当時の能書> 既に海外への発送も行っていた。
「一度飲んだらもうやめられぬ、精分と元気は是れでつく」と記載されている |
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八ツ目鰻生血採取 |
八ツ目鰻の製薬研究所内風景 |
本場八ツ目鰻原油一名キモの油
初期の剤型はハードカプセル |
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■戦中・戦後■ 戦争による製造販売の中止
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1943年代〜1950年代 |
太平洋戦争の激化で企業統合が国策として勧告され、八ツ目製薬も同業の「高田製薬」と1943年(昭和18年)に統合、1945年(昭和20年)3月10日の東京大空襲により、店舗・工場等全て灰燼に帰す。
戦後、1951年(昭和26年)高田製薬家庭薬品部八ツ目工場より分離独立、1958年(昭和33年)八ッ目製薬株式会社を再設、販売部門・製造部門を再開。
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戦後再開時、無地の空缶にこのラベルを貼り簡易包装で販売 |
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■1960年〜1980年代(昭和終り迄) ■
全国有名デパート薬品部・薬局薬店による推販 |
1960年代〜1980年代 |
1960年代からは、明治以降の西洋医学一偏重視から、自然回帰志向が高まり、「八ツ目鰻キモの油」は天然素材の「医薬品」として人気を博す。東京大阪を始め、全国の有名デパートの医薬品売場で推薦販売を行い、又、全国の著名な漢方薬局一般薬局での取扱いが急拡大。
【全国有名デパート医薬品売場写真】
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↑銀座松屋デパート |
↑秋葉原デパート |
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↑池袋西武デパート |
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↑1972年1月号 グラビア記事 |
↑日本橋三越、大阪心斎橋大丸デパート |
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1960年代「八ツ目鰻キモの油」 |
1960年代小分包装風景 |
工場従業員集合写真 |
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